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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)204号 判決

原告

日本電気株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

被告

特許庁長官【D】

指定代理人

【E】

【F】

【G】

【H】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が平成10年異議第75530号事件について平成11年5月31日にした決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「半導体モジュール」とする特許第2752615号発明(昭和62年1月23日出願、平成10年2月27日設定登録、以下「本件発明」といい、その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。

【I】は、平成10年11月18日、本件特許につき特許異議の申立てをし、特許庁は、同申立てを平成10年異議第75530号として審理した上、平成11年5月31日に「特許第2752615号の特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は同年6月9日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

半導体レーザと、少なくとも1個のレンズと、ファラデー回転子・永久磁石と、偏向分離素子とからなるアイソレータ、および温度制御素子とで構成される半導体モジュールにおいて、少なくとも半導体レーザとファラデー回転子とを気密容器内で同一の温度制御素子上に配置して、半導体レーザおよびファラデー回転子を共に所望の一定温度に保つように温度制御したことを特徴とする半導体モジュール。

3  本件決定の理由

本件決定は、別添決定書写し記載のとおり、本件発明が、特開昭61-70516号公報(以下「刊行物1」という。)及び特開昭59-197186号公報(以下「刊行物2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3原告主張の本件決定取消事由

1  本件決定の理由中、本件発明の要旨の認定(決定書2頁3行目~16行目)、刊行物1、2の記載事項の認定(同2頁末行~7頁5行目、8頁12行目~9頁3行目)並びに本件発明と刊行物1記載の発明との一致点及び相違点の認定(同7頁8行目~8頁10行目)は認める。

本件決定は、上記相違点についての判断を誤った結果、本件発明が刊行物1、2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

2  取消事由(相違点についての判断の誤り)

本件決定は、本件発明と刊行物1記載の発明との相違点、すなわち、「本件発明における半導体モジュールが、温度制御素子を備えており、該半導体モジュールの構成要素の内の少なくとも半導体レーザとファラデー回転子とを気密容器内で同一の温度制御素子上に配置し、該半導体レーザとファラデー回転子とを共に所望の一定温度に保つように温度制御しているのに対し、刊行物1に記載の発明における半導体モジュールは、このような構成を備える点については格別な記載がなされていない点」(決定書8頁1行目~9行目)につき、「この相違点には格別な点は存在しない。」(同11頁16行目~17行目)と判断したが、次のとおり、誤りである。

(1)  本件発明の技術課題について

本件決定は、当業者における温度対策の課題の認識につき、「半導体レーザの波長は温度変化の影響を受けることは従来周知の事項であり、またファラデー回転子は温度変化の影響を受けることも従来周知の事項(必要ならば、特開昭54-78153号公報参照)であり、これらの半導体レーザ、ファラデー回転子をその構成要素とする半導体モジュールにおける温度対策の認識は当業者における常識的な事項であるということができ、」(決定書9頁13行目~20行目)と認定したが、本件発明における技術課題とその解決方法は、単に、半導体レーザの波長及びファラデー回転子が、温度変化の影響を受けるとの知見のみから導き得るものではない。

すなわち、本件発明は、ファラデー回転子を構成要素とする光アイソレータのアイソレーションが、使用温度と波長の両方からの影響を受ける点に着目したものであって、アイソレーション特性のピーク波長(アイソレーションが最大となる波長)が温度依存性を有し、かつ、ピーク波長が半導体レーザの発振波長とは逆に温度上昇に伴って減少するとの知見に基づき、所定のアイソレーションを得るための温度範囲が、半導体レーザの発振波長を同時に考慮するとより狭くなるという技術課題を認識した上、その解決のため、それぞれの特性変動が互いに影響を及ぼし合う半導体レーザと光アイソレータによって構成される半導体モジュールにおいて、半導体レーザとファラデー回転子に対して温度制御手段を適用するために、少なくとも、半導体レーザとファラデー回転子を気密容器内で同一の温度制御素子上に配置し、所望の一定温度に保つように温度制御することにより、半導体レーザの発振波長及び出力の安定化と光アイソレータの高アイソレーション化とを相乗的に作用させる構成としたものである。

本件決定の引用する特開昭54-78153号公報(甲第5号証、以下「周知例」という。)には、ファラデー回転子が温度変化の影響を受けることについての記載はあるものの、ファラデー回転子のアイソレーション特性にどのような温度依存性があるかについては全く記載がないので、周知例の記載から、ファラデー回転子のアイソレーション特性のピーク波長が温度依存性を有し、かつ、ピーク波長が半導体レーザの発振波長とは逆に温度上昇に伴って減少するとの知見を得ることはできず、ひいて、本件発明の上記技術課題、及びその解決としてアイソレータと半導体レーザから成る半導体モジュールに温度制御を施す必要性を認識することはできない。

なお、被告は、上記技術課題は明細書の記載に基づかないものであると主張するが、本件明細書には「ΔT=±35℃の温度変化およびΔλ=±20nmの波長変化をにより、アイソレーションは無限大から各々32dB、34dBまで変化する。以上述べた内容は、温度変化と波長変化を別個に取り扱ったが、両方を同時に考慮するとより複雑になる。第5図に、波長λ=1310nm、温度T=25℃でファラデー回転角θF=45degとなるYIGを用いた場合に使用温度・波長範囲(-10~60℃、1290~1330nm)で実現できるアイソレーションの関係を示す。これにより明らかなように、アイソレータの使用範囲で実現できるアイソレーションは、25dB程度であり、30dB以上のアイソレーションを実現することはできない」(3欄31行目~42行目)と記載されており、この記載及び上記第5図は、まさに上記の技術課題を導き、開示した内容にほかならない。

(2)  刊行物2記載の温度制御手段の適用可能性について

本件決定は、「上記刊行物1に記載された発明の半導体モジュールにおいて、その温度対策の必要性はその状況に応じて適宜判断され、その対策の実施は適宜必要に応じてなされるものである。しかるに、上記刊行物1に記載された発明の半導体モジュールにおいて、その温度対策の実施にあたり、該対策の技術手段として、当該技術手段の適用により該半導体モジュールの温度変化に対する性能の安定に寄与することが明らかな上記刊行物2に記載された公知の技術手段を適用することは両者の技術の類似性からして何ら困難性を要することではない。」(決定書9頁20行目~10頁12行目)とするが、誤りである。

すなわち、刊行物1には、温度対策を要するような課題を示唆する記載は全く存在しない。そうすると、刊行物1記載の発明について、半導体レーザとファラデー回転子を気密容器内に配置して一定の温度に保つような温度対策の必要性を認識することは、上記(1)のアイソレーション特性に係る知見とこれに基づく本件発明におけるような技術課題の認識があって、初めて可能となるものであり、状況に応じて適宜判断されるものではない。

また、刊行物2には、半導体レーザと光複合素子とを真空に保たれた保護部材内で一定の温度に保つようにした構成が開示されているものの、そこに記載された発明は、刊行物1記載の発明とはその技術分野及び動作原理を異にする発明であるから、刊行物1記載の半導体モジュールにおいて、半導体レーザとファラデー回転子とを同じ気密容器内に配置して温度対策を実施することの起因ないし契機となり得るものではなく、その技術手段を適用することが困難性を要することではないということはできない。

なお、この点に関し、本件決定は、刊行物2記載の発明における「真空に保たれた保護部材内」、「温度が一定になるように熱電素子により温度制御された基板上」は、それぞれ、本件発明における「気密容器内」、「温度制御素子上」に相当すると認定する(決定書9頁3行目~9行目)が、両者の構成、技術分野及び動作原理の相違からして、この認定も誤りというべきである。

(3)  本件発明の作用効果について

本件発明は、少なくとも半導体レーザとファラデー回転子とを気密容器内で同一の温度制御素子上に配置し、所望の一定温度に保つように温度制御することによって、半導体レーザの発振波長及び出力の安定化と、アイソレータの高アイソレーション化とが相乗的に影響を及ぼし合うことになり、非常に簡単な構成にもかかわらず、半導体レーザの発振波長及び出力の安定化並びに高アイソレーション化において、従来技術からは予測できない格別の作用効果を奏するものである。

本件決定は、本件発明が奏するこのような作用効果を看過した誤りがある。

(4)  以上の諸点からして、本件発明と刊行物1記載の発明との上記相違点につき、「この相違点には格別な点は存在しない。」とした本件決定の判断は誤りである。

第4被告の反論

1  本件決定の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  取消事由(相違点についての判断の誤り)について

(1)  本件発明の技術課題について

本件明細書には、原告の主張するような半導体レーザの発振波長とその温度依存性について何ら記載がなく、また、アイソレータの温度・波長依存性によるアイソレーション特性との関連づけに基づいて、原告の主張するような技術課題を導き、開示した記載もないから、原告の主張する前記技術課題は本件明細書の記載に基づくものではなく、失当である。

仮に、本件発明の技術課題が原告の主張するとおりであるとしても、本件発明における温度対策の認識は容易である。すなわち、周知例記載のファラデー回転子を持つアイソレータの温度・波長依存性は実質的に本件発明におけるアイソレータの温度・波長依存性そのものを意味しているといえるから、温度と波長の両方を同時に考慮した場合のアイソレーション特性までは周知例には直接示されていないものの、温度及び波長のそれぞれの依存性から適宜得られるものであり、アイソレーション特性から温度依存性が周知の半導体レーザとの組合せにおいて原告主張の技術課題に相当する課題は容易な推定事項にすぎず、これに基づく温度対策の認識は格別なことではない。

(2)  刊行物2記載の温度制御手段の適用可能性について

刊行物1に記載された半導体モジュールの構成要素としての半導体レーザとファラデー回転子に温度依存性が存在することは周知であるから、その温度対策の必要性は当業者において適宜判断できることである。

また、刊行物2には、半導体レーザと複数の光複合素子とを真空に保たれた保護部材内で温度が一定になるように、熱電素子により、温度制御された基板上に設け、光複合素子と半導体レーザの温度を所望の一定温度に保つようにした構成が記載されている。そして、両者は半導体レーザと光素子(光複合素子、ファラデー回転子等)との組合せ装置という視点からは共通するものであり、その技術分野の類似性から見てその適用は困難なものではなく、刊行物2記載の発明の温度制御手段を刊行物1記載の発明の半導体モジュールに適用することには、何らこれを阻害する理由はない。

なお、本件決定が刊行物2記載の発明を引用した趣旨は、温度制御手段そのものの引用であり、互いに影響を及ぼし合う複数の温度制御対象物を所望の一定温度に保つという技術的視点から見ると、当該温度制御手段としての「真空に保たれた保護部材内」と「気密容器内」、「温度が一定になるように熱電素子により温度制御された基板上」と「温度制御素子上」とは、それぞれ、その機能、構成において格別差異はなく、この点に関する原告の主張は失当である。

(3)  本件発明の作用効果について

上記のとおり、本件発明と刊行物2記載の発明の温度制御手段は、その原理において共通するものであるから、刊行物2に記載された温度制御手段を、刊行物1記載の発明に適用すれば、本件発明と同様の作用効果が容易に予測できるというべきである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由(相違点についての判断の誤り)について

(1)  本件発明の技術課題について

原告は、本件発明の技術課題は、所定のアイソレーションを得るための温度範囲は半導体レーザの発振波長を同時に考慮するとより狭くなるという問題であって、この技術課題は、光アイソレータにおけるアイソレーション特性のピーク波長が温度依存性を有し、かつ、ピーク波長が半導体レーザの発振波長とは逆に温度上昇に伴って減少するとの知見に基づいて初めて得られたものであるところ、このような知見ないし技術課題は本件明細書に開示されている旨主張する。

しかしながら、本件明細書(甲第2号証)の記載(3欄31行目~42行目)及び第5図には、光通信光源として一般的に使用される波長範囲及び温度範囲を前提として、波長依存性及び温度依存性を同時に考慮した場合におけるファラデー回転子の波長及び温度とアイソレーションとの関係自体が示されているとはいえるものの、半導体レーザの発振波長の変化とアイソレーションとの関係や、光アイソレータのピーク波長に関する開示はなく、この記載及び図示から、原告の主張するような知見ないし技術課題を読み取ることは到底できないというべきである。

かえって、本件明細書(甲第2号証)には、「発明が解決しようとする問題点」として「ファラデー回転子は、材料の特性により周囲の温度変化および使用する光の波長によりファラデー回転角が変化するので、光通信用光源に要求される広範な温度、波長範囲において、高いアイソレーションを実現することができないという問題があった。」(3欄5行目~9行目)、「本発明は、光アイソレータを有する半導体モジュールにおいて、ファラデー回転角の波長・温度依存の2つの問題のうちデータ、温度依存性の問題を解決した半導体モジュールを提供することを目的としている。」(3欄47行目~末行)との、また、効果に関し「このように半導体レーザ25とファラデー回転子29を、温度制御素子24により一定温度に保持することで、ファラデー回転子29の温度特性問題を解決するとともに、半導体レーザ25の発振波長が温度により変化する問題をも解決することが可能となるので、間接的にファラデー回転子29の波長依存性の問題をも緩和する効果を有している。」(4欄36行目~42行目)との各記載がある。これらの記載及び本件発明の「少なくとも半導体レーザとファラデー回転子とを気密容器内で同一の温度制御素子上に配置して、半導体レーザおよびファラデー回転子を共に所望の一定温度に保つように温度制御した」との要件にかんがみると、本件発明は、ファラデー回転子の有する温度依存性及び波長依存性のうちの温度依存性に起因する回転角の変化の問題を解決すべき技術課題としたものであり、波長依存性に起因する同様の問題は、本件発明においては、半導体レーザの温度変動対策を通じて間接的に緩和される程度の副次的効果とされているにすぎないものと認められる。

そして、刊行物2(甲第4号証)の「固体偏向素子をはじめとする光複合素子、また半導体発光素子のそれぞれは環境温度に性能が大きく左右される。例えば半導体レーザは0.3nm/℃で波長が変わり、1mA/℃で動作電流が変り定電流で駆動しているとその分レーザ出力の変動となって現われる。」(1頁右欄16行目~2頁左上欄1行目)との記載、及び周知例(甲第5号証)の「一般にファラデー効果(常磁性体のベルデ定数、強磁性体のファラデー旋光能)は波長依存性、温度依存性が有り、波長又は温度の変化により旋光能が45◯からずれ、アイソレーション特性の劣化を招く。」(2頁左上欄1行目~5行目)との記載に照らして、一般的に、刊行物1に記載されたような半導体モジュールにおいて、半導体レーザが温度依存性を、ファラデー回転子が温度依存性及び波長依存性を有し、当該温度依存性及び波長依存性によって半導体レーザ及びファラデー回転子の特性が変化することは当業者に周知の事項であると認められる。したがって、これらについて温度対策を必要とすることは当業者における常識的な事項であるから、前示認定の本件発明の技術課題は、このような周知の温度対策の必要性と格別異なる程度のものではないというべきである。

(2)  刊行物2記載の温度制御手段の適用可能性について

原告は、温度対策の課題の示唆のない刊行物1に記載された発明につき、半導体レーザとファラデー回転子を気密容器内に配置して一定の温度に保つような温度対策の必要性を認識することは、その主張の上記知見及びこれに基づく技術課題の認識があって初めて可能となる旨主張する。しかしながら、刊行物1自体に温度対策の課題が記載ないし示唆されていないとしても、一般的に、刊行物1に記載されたような半導体モジュールにおいて、半導体レーザ及びファラデー回転子につき温度対策を必要とすることが当業者における常識的な事項であって、本件発明における技術課題も、そのような温度対策と異なるものでないことは前示のとおりである。そして、このような温度対策として、半導体レーザとファラデー回転子とを気密容器内に配置して一定の温度に保つような方策を排除する理由は格別見当たらないから、原告の上記主張は失当といわざるを得ない。

ところで、刊行物2(甲第4号証)には「本発明の目的は、小型で性能の安定した半導体装置を提供することにある。本発明は、少なくとも半導体の発光素子およびこの半導体発光素子からの光が導入される光複合素子を同一基板上に設け、この基板上の温度を一定に保つことによって上記目的を達成するものである。」(2頁左上欄9行目~15行目)との記載があるところ、そのような性能の安定化が、信頼性等の面から、各種装置・機器に要請される普遍的な技術的要請事項であることは技術常識である。そして、刊行物1に記載された半導体装置の構成部材である「半導体レーザ」及び「ファラデー回転子」等が、環境温度等の変動によりその特性が変動する温度依存性を具備することは前示のとおり周知の事項であるから、当該装置が温度変化の生じる環境において使用される場合には、その性能の安定化を図るという普遍的な技術的要請から、刊行物2に記載される環境温度対策手段を適用することは、当業者ならば容易に想到できることである。

原告は、さらに、刊行物2記載の発明が、刊行物1記載の発明と、技術分野及び動作原理を異にするから、刊行物1記載の半導体モジュールにおいて、半導体レーザとファラデー回転子とを同じ気密容器内に配置して温度対策を実施することの起因ないし契機となり得るものではない旨主張する。しかしながら、刊行物2に「半導体レーザと個体偏向素子等の光複合素子とを備えた半導体装置において、該装置の安定した性能を得るために、その構成要素である環境温度の変化によりその性能が左右される固体偏向素子等の光複合素子と半導体レーザとを共に、真空に保たれた保護部材内で、温度が一定になるように熱電素子により温度制御された基板上に設け、これにより、上記光複合素子と半導体とを所望の一定温度に保つようにした構成」(決定書8頁13行目~9頁2行目)が記載されていることは当事者間に争いがなく、刊行物2に開示されたこの構成は、温度依存性のある半導体レーザ及び光複合素子等の構成要素を所望の一定温度に保つ上記温度制御手段にほかならないから、これを、同じ温度依存性を持つ光学部材である刊行物1の半導体レーザ、ファラデー回転子等に適用できない技術上の制約は認められない。したがって、原告の上記主張は採用することができない。

なお、本件決定が、刊行物1記載の半導体モジュールに刊行物2記載の発明の構成を適用するに当たって、刊行物2に記載された「真空に保たれた保護部材内」、「温度が一定になるように熱電素子により温度制御された基板上」が、それぞれ、本件発明の「気密容器内」、「温度制御素子」に相当すると認定したことについて、原告は、両者の構成、技術分野及び動作原理の相違から、それが誤りである旨主張する。

しかし、まず、「真空に保たれた保護部材」とは、真空に保たれている以上、「気密」であり、当該保護部材内には本件発明と同様の半導体レーザ、レンズ等のレーザ発生・出射部材を内包するものであるから、刊行物2に記載された「真空に保たれた保護部材内」は、本件発明における「気密容器内」に相当するとした本件決定の認定に誤りはない。

次に、刊行物2に記載された「温度が一定になるように熱電素子により温度制御された基板」は、「熱電素子2(たとえばペルチェ素子)を駆動し基板11を一定温度に保持する為各機能素子はほぼ同一の温度に保持され」(甲第4号証明細書2頁左下欄1行目~3行目)るというものであり、基板の機能・作用としては他に格別の機能・作用は記載されていないので、当該基板は、熱電素子と一体となって、半導体レーザ等の各機能素子を一定温度の保持する熱源機能を担うものということができる。他方、本件発明の「温度制御素子」は、「この温度制御素子24上には、半導体レーザ25、・・・およびファラデー回転子29がそれぞれ配置されている。」(甲第2号証4欄19行目~22行目)、「このように半導体レーザ25とファラデー回転子29を、温度制御素子24により一定温度に保持する」(同4欄36~37行)との記載から、半導体レーザ等を一定温度に保持する熱源機能を有するものということができる。したがって、この両者を対比すれば、刊行物2記載の「温度が一定になるように熱電素子により温度制御された基板上」と本件発明の「温度制御素子」とは、その機能において同様であるから、前者が後者に相当すると認定した本件決定に誤りはないというべきである。

(3)  本件発明の作用効果について

刊行物1記載の半導体モジュールの半導体レーザ及びファラデー回転子につき、それぞれ温度変動対策を講じることにより、ファラデー回転子については温度変動に伴う回転角の変化によるアイソレーション特性の劣化を防ぐ効果を奏すること、半導体レーザについては発振波長の安定化の効果を奏するとともに、副次的にファラデー回転子の波長依存性によるアイソレーション特性の劣化を防ぐ効果をも奏し、これらがあいまって、高アイソレーション化等の効果を奏することは、刊行物2及び周知例の各記載に基づいて、当業者が容易に予測し得ることであり、格別なものということはできない。

(4)  したがって、本件発明と刊行物1記載の発明との相違点につき、「この相違点には格別な点は存在しない。」とした本件決定の判断に誤りはない。

2  以上のとおり、原告主張の本件決定取消事由は理由がなく、他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 裁判官 宮坂昌利)

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